wirknichtvoraus

August 6, 2009 at 5:50pm
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私たちは誰も自分についての「物語」を編んでいる。 素材になる出来事はそれ自体としては価値中立的である。 同じように貧しく、愛情の薄い家庭に育っても、長じて穏和な人物になる場合もあるし、狷介な人物になる場合もある。 個人的経験が人間をどう変えるか、その決定因は、出来事そのもののうちにあるではなく、出来事をどういう「文脈」に置いて読むかという「物語」のレベルにある。 例えば、無差別殺人の犯人は、勤務先の工場の更衣室で自分の作業着が見当たらなかったことを「解雇」のシグナルだと解釈した。 同じことを自分の勘違いだと思う人もいるだろうし、同僚のいたずらだと思う人もいるだろう。けれども、この人物は選ぶことのできる解釈のうちの「最悪のもの」を選択した。 ひとつの出来事の解釈可能性のうちから、自分にとってもっとも不愉快な解釈を組織的に採用すること。 これは事実レベルの問題ではなく、物語レベルの問題である。

— 記号的な殺人と喪の儀礼について (内田樹の研究室)

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